GRの戯れ言日記

拙ブログは、過去に他サイトのブログサービスでやっていた「リングの戯れ言日記」というものをそのまま移動させたものです。2014年3月27日以降の記事は、gooブログの「GRの戯れ言日記2」をご覧ください。

実はここに在った!

 <特大><太>日本プロ野球史上初の試合の行われた場所と年代は!!</太></特大>その前に<下線>日本プロ野球史上で最初に創設されたチームは、1921年に日本運動協会(芝浦協会・芝浦協会チーム)であったが、</下線><太>今の所プロ野球球団はこの日本運動協会1チームしか存在しなかった・・・</太>野球は対戦相手が居て<特大>初めて成立する</特大>スポーツである{炎}ではどういう相手と試合をしていたかというと、<色:#ff6600>アメリカからやって来たセミプロチームや、国内の大学のチーム等と試合をしていたのである。</色>当時はプロとアマチュアに険悪な雰囲気の壁など無く普通に試合が行われていたのである。<斜>しかもプロとは言いながらも、あまり強いものではなかったようである</斜>{困った}その経緯は、1922年6月21日に出発した朝鮮・満州遠征でこう揶揄された{落ち込み}協会に対して、国内では「何をやってるんだ。どことやっても勝てそうもないんで、試合をやらないんだろう」「ワセダの二軍とやっても勝てないので河野安通志・押川清・橋戸信早大先輩がやらせないのだよ」そんな声が、囁かれていた。しかしこの先輩達は一言も言わなかった。その為海外遠征が、噂に出ても「朝鮮や、満洲の弱いチームを相手にしかもゲームが見られない外国でやるのは、その実力を隠す為だ」そういった批判も出ていた・・・ところが第一戦の試合は、<色:#666600>釜山の日本人クラブとの対戦</色>であったが、<大>5対4</大>でものにした!そのあと大邸・京城・竜山・仁川・平壌と韓国間の主要都市の日本人で組織するオール何々と対戦、さらに満洲に渡って、長春・潘陽・旅順・大連と連戦、12勝5敗で、まずまずの成績であった{笑顔}
 その日本運動協会も1923年に<色:#ff00ff><太>初めてプロ野球球団のライバルチームを持つ事になる。</太></色><色:#006666>この年日本の<太>プロ野球史史上2番目に出来た球団</太>が誕生したのであった。</色>名称は<太><特大>"天勝(てんかつ)野球団"</特大></太>ある。当時、<大>天勝奇術団</大>というサルティンバンコみたいなものがあって、<下線>ここのアマチュアチームが独立してプロ野球のチームになったのである{ドクロ}</下線><色:#996600>つまり普段は職業として<太>サーカスをやっている人達</太>が、野球を草野球でしていたとはいえ、急にプロ野球選手になった訳である。</色>しかしこのチームは日本運動協会に在籍していた選手も入団し、それなりの形にはなっていたようである。<太>そしてこの2チームの最初の対戦が行われたのが、朝鮮の<斜>ソウル</斜>であった。</太>試合結果は<色:#ff0000><特大><太>天勝野球団</太>が日本運動協会を<太>6対5</太>で下した。</特大></色><特大>この試合が<太>"日本で最初のプロ野球の試合"</太>である。</特大>しかしその後日本運動協会と天勝野球団の両者の対決は、長くは続かなかった{困った}<下線>1923年の9月東京に関東大震災が起こり、日本運動協会が本拠地にしていた芝浦の球場は崩壊、その土地も野球どころではない状況から、内務省によって震災復旧の資材置き場として接収されてしまうのである。</下線>結局<色:#ff0000>試合をする場所を奪われた日本運動協会は解散を余儀なくされる事となった。</色><大>ライバルを失った天勝野球団もその後を追う様に解散したのであった</大>{悲しい}<特大><色:#ff0000>日本プロ野球で最初に勝利した球団が、この</色></特大><特大><太>天勝野球団</太></特大><色:#ff0000><特大>であるという事は、皆さん覚えて然るべきである</特大></色>{炎}<色:#660066><大>だからこういった事を踏まえれば、決して<太>巨人や阪神が</太>「伝統の球団」・「伝統の一戦」とは言えないのではないでしょうか!?</大></色><特大>皆さんは、どう思われますかな?</特大>
 参考文献:綱島理友 著 朝日文庫『ボクを野球場に連れてって プロ野球面白ガイド』(朝日新聞社 1997年)
            東田一朔 著『プロ野球誕生前夜―球史の空白をうめる』(東海大学出版会 1989年)