GRの戯れ言日記

拙ブログは、過去に他サイトのブログサービスでやっていた「リングの戯れ言日記」というものをそのまま移動させたものです。2014年3月27日以降の記事は、gooブログの「GRの戯れ言日記2」をご覧ください。

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伊良部秀輝(ロッテ―米―阪神―米独立リーグ独立リーグ高知)氏が、亡くなったようです・・・ロッテ時代はほんまに手が付けられんぐらい凄いピッチャーやったみたいやな。当時はパ・リーグの中継も無かったし、スポーツニュースでたまに見掛ける程度でしたが。ゲームでは、小宮山悟氏や園川一美(現役時代は、ロッテ)氏や河本育之(現役時代は、ロッテ―巨人―日本ハム楽天)氏といった面々が、当時のロッテ投手陣の印象でしたが。特に1993年に清原氏相手に記録した158kmのファールや小学校低学年時に友人から聞いた「ロッテにめっちゃ球の速いピッチャーがおんで、イラブっていう奴や。」って聞いた事があったんで、何でそんなピッチャーが台頭してないしあんまり聞かへんねや?って思ってたら、当時はまだ勝ち星・防御率に恵まれてなかった事やコントロールがあんまり良くなかった事によるもんやったみたいですが。この名前を聞いた時に変わった名前やし、最初外国人かと思っていましたが・・・その後もあまりゲームに登場して来なかったんで、はっきりと認識したのは1993年でした・・・この辺りから彼が台頭して来だし、イチローも「伊良部さんが一番凄い投手」と評していました!彼にとっても恐らくイチロー清原氏が、ライバルでしたね。こうして見ると、当時のパ・リーグの試合をもっと見とけば良かったですね(あまり球場にも行かんかったし(涙)140km台のフォークを投げる投手は、今でも希少ですし当時は伊良部氏ぐらいやったと思いますよ。そんな手の付けられん投手が日本から居なくなって、近鉄ファンの僕としてはロッテから凄いピッチャーが居なくなってホッとしたりもしましたが・・・渡米後も思ったよりは・・・でしたが、1998年にはアメリカ1に輝きそれなりに活躍しましたね。2003年に日本に復帰し、阪神のリーグ優勝に貢献。後半尻すぼみ(汗)でしたが、前半戦は立役者の一人でしたからね。その後は、あまり光るものはありませんでしたが、トラブルメーカー振りは相変わらずで・・・渡米の際のゴタゴタが、どうしても"ワンマン"というイメージを持ちましたが、実際はどうか知りませんが・・・あんだけしょうっちゅう飲酒絡みのトラブルや警察沙汰を見ると、やはり悪童やったんじゃないでしょうか?(汗)でもダーティーヒーローが居てもええし、そういう立ち位置の人間が居ても良かったと思います、好きではありませんでしたが・・・通算成績は、試273 72勝69敗11S 防3.55(日本プロ野球のみの成績)です。「あんだけ好き勝手してりゃ。」という気がしないでもないですが、どこか悲しいし悔しいです・・・